4月某日の10時数分前,私は10時打ちをしてもらうべく,とある駅の出札窓口に立っていた。10時きっかりに駅員がマルス端末の発信ボタンを押す。1秒弱のターンアラウンドタイムの末,マルス端末に満席を示す「NO」と赤い帯が表示された。
やっぱりだめか――。6月11日*1限りで運行終了する「SL銀河」の指定席券は取ることができなかった。これで3敗。定員は176だが,ツアー向けに元々席が抜かれる上に,運行終了を惜しむ地元民と全国の鉄道オタクが少ないパイを奪い合う構図となっていて,ラストシーズンの「SL銀河」の指定席券を手にするのは難易度が高くなっていた。
今回は嫁も乗車を楽しみにしている列車だし,最終運行日も近づいているから諦めがつかない。えきねっとで払い戻しが出ないか,乗車区間を変えながらコンスタントにチェックする。すると,とある時にそれまで「×」だった空席情報が「△」になった。すかさず決済画面に進み,無事に指定席券を購入。「SL銀河」乗車の旅が決まった。
大沢温泉から旅行開始
5月のとある土曜日に走る下り「SL銀河」に乗るが,いかんせん岩手県を走る列車なので,沿線観光も行程に組み込むことにした。金曜日に宮城県の松島などをドライブして,この日は花巻市から山に入ったところにある大沢温泉に宿泊。ここの「湯治屋」は築200年の木造旅館で,古くからの湯治場の雰囲気を色濃く残しているのが特徴だ。
個室の部屋はあるが廊下と隔てるのは襖戸1枚で,簡易的な鍵しかなく(外からは施錠できない),人が歩くたびに廊下はギシギシと鳴る。温泉そのものは無色透明な単純温泉だが,名物の露天風呂は混浴*2。部屋は喫煙可能で,どこかからかタバコの匂いが漂ってくる。時間がとまったような昔ながらの湯治場がそこにはあった。
「SL銀河」のモチーフになっている『銀河鉄道の夜』の著者,宮沢賢治もこの大沢温泉に何度も湯浴みに来ていたそうだ。賢治の時代を想起しながら,透明のお湯で旅の疲れを癒やす。
土曜日の朝,大沢温泉バス停から岩手県交通バスで花巻駅へ向かう。賢治の時代にはこのバス停のあたり*3に花巻電鉄の「大沢温泉駅」があったが,いまでは岩手県交通が温泉客の輸送を担っている。もっとも,ほとんどの温泉客がマイカー利用だが。
花巻から民話の里遠野へ
花巻駅に到着。ここで1時間待ちだったので,駅前のカフェで朝食をとる。9時ごろの花巻駅は,SL銀河の利用者とおぼしき人で少しずつ賑わい始めてきた。
花巻からは快速「はまゆり」1号に乗車して遠野へ向かう。快速「はまゆり」は盛岡と釜石を結ぶ都市間列車。3両編成の自由席はほぼ満席,指定席も半分以上埋まっていた。
快速「はまゆり」1号は花巻から釜石線を進む。宮守あたりの山あいの区間を抜けると,遠野盆地の田園風景が広がる。
快速「はまゆり」1号は花巻から1時間弱で遠野に到着。
カーシェアで遠野観光
遠野では3時間ほどの観光時間。遠野といえば柳田國男『遠野物語』で有名な民話の里。公共交通機関が貧弱なので駅前から徒歩圏内しか行けないかと思っていたが,駅前にカーシェア車両があったのですかさず予約を取り,カーシェアに乗って駅から車で15分ほどのところにあるカッパ淵へ。
カッパ淵へ至る道中には河童をモチーフにした看板などがあり,河童が遠野で愛されていることがわかってほっこりする。
カッパ淵はその名の通り河童が住んでいるとされる小川だ。寺院の裏手を流れている用水路のようだが,見た目でも流れが早そうな川で,なるほど落ちたら帰ってこれなさそうな感じもする。駅前の観光案内所で「カッパ捕獲許可証」を持っていたので釣り竿の先につけたキュウリを川に落としてみるが,当然河童は釣れなかった。
その後も遠野伝承園に行って古い遠野の民家を見学したり,とおの物語の館で柳田國男の生い立ちを学んだりしているうちに,遠野に「SL銀河」が来る時間に。遠野駅手前の猿ヶ石川に架かる橋梁近くで「SL銀河」を待ち構える。
駅に向けて減速しているところなので煙は出ていないが,客車のグラデーションをいい感じに撮影できた。
この後は遠野駅に戻り,「SL銀河」に乗車する。